たとえば怒りの反応は、自発的に誘発されるプログラム。ひとたび怒りが誘発されると、脳から放出された化学物質がからだに満ち、生理的な反応が引き起こされます。最初の誘発から90秒以内に、怒りの化学的な成分は血液中からなくなり、自動的な反応は終わります。もし90秒が過ぎてもまだ怒りが続いているとしたら、それはその回路が機能し続けるようにわたしが選択したからです。
(ジル・ボルト・テイラー著「奇跡の脳」から引用)
陰鬱な気分を一週間も引き摺っていると、そんなばかげた選択を積極的にし続けていられるものだろうか、とにわかには信じがたいような話に思えるが、程度の差こそあれ感情の生理学的な側面はそう長くは持続しないものだということらしい。(手足が冷える、発汗する、紅潮する、口腔内が乾くなど、感情に生理的な側面があるのは分かるが、感情には生理的な側面しかないとすれば、それはそれでありがたい話ということになる)
最近、いろいろな局面で出会う概念に「回路」がある。究極的には、この回路が世界を形作っているということになるのだが、ここではもう少し部分的に見てみると、人間は長い時間をかけてこの感情の回路を強化してきた。それを背景に、今度は個人がまた慣習化によってこの回路を強化する。何をしているのかと言えば、ある特定の感情を繰り返し起こすことで、その感情が起こりやすいような状況を作り出しているのだ。
電車で足を踏まれたら怒る、馬鹿にされたら怒る、ウソをつかれたら怒る、頼んだのと違うメニューが来たら怒る、道路にごみが捨ててあったら怒る、とにかく怒る、どんどん怒る。こうして、常にREADY TO RAGEな状態がデフォに
なっていることに本人はなかなか気付かない(怒りの部分には他の感情が代入可能)。そういう人を見ていて思うのは、やはりこの人は「穏やかさ」ではなく「怒り」を選択しているんだなってこと。
だがこの問題が示唆しているのは、怒りを選択すべきではないということよりも、1分半を過ぎたら「自分の感情を選択していい」ってことだ。むしろ無自覚に怒りの回路をさらに強化することよりは、自覚的に理性的に振舞えるのだから、そうしない手はないんじゃないか。
だからって喜びの回路を強化しろっていう胡散臭いポジティブシンキングを推奨してるんじゃないからね(笑)むしろ、無自覚に強化してきたその回路を弱体化して、素に戻っていこうっていう話。この回路が客観視できた時点でもうその強さは半減してると思うけどね。
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