文化人類学を学ぶUCLAの学生カルロスが、メキシコのネイティブ・アメリカンの呪術師ドン・フアンに弟子入り(!)して、西欧とは大きく異なる独自の世界観を学ぶというのが大筋と言って間違いないところだろう。
1冊目の「呪術師と私」の初版がアメリカでは68年だったというから、カウンター・カルチャー真っ盛りで、もろ「そういう文脈」にズッポシだったんだと思う。日本では後年、中沢新一や宗教学者の島田裕巳にリファーされているというところまで含めて、完璧に「そっち系」という位置づけ。
というのも、このカスタネダにはある種の胡散臭さが付きまとっていて、出自が不明、その後の動向が不明など、著者の存在が甚だ怪しい。この呪術師ドン・ファンの実在も疑わしく、著書もフィクションなのではないかという話があるのも無理はない。
数ページでも読んでみれば分かるが、著述の装われた客観性は明らかに「月刊ムーを愛読するオカルトマニアの中学生」にも匹敵するそれだし、ドン・ファンの韜晦なツンデレぶりに「萌え〜」なのがテキストの端々から匂い立ってくる。
にしても明らかに知的、精神的レベルは高い。あるいは高みに達したことのある人の書いたものだということは分かる。それがどのような意図で書かれたものか、そこで描かれていることが実際に起きたことかどうかは、すべて読者にゆだねられるという点で、学究的な価値はさておき、「月刊ムーを愛読するオカルトマニアの中学生」並みの好奇心(と猜疑心の欠如)をもつ読者には、至福の時を約束してくれる。
0 件のコメント:
コメントを投稿