「ハングリー・ラビット」ロジャー・ドナルドソン
話としては「Y氏の隣人」とか「笑ゥせぇるすまん」的な「日常と隣り合わせの怖い非日常」ものですね。高校の国語の先生役のニコラス・ケイジが奥さんがレイプされたことをきっかけに、出来心で怪しいおじさんに犯人を脱法的に裁くことを依頼しちゃったら、あれよあれよという間におかしな話に巻き込まれてしまうっていう。それを周囲に悟られないように、逡巡し葛藤し、やがて、その巻き込もうとしていた主体を相手に戦うという話で、結構面白いです。
確か僕が2010年のベスト1に挙げたヘルツォークの「バッド・ルーテナント」もニューオーリンズが舞台でニコラス・ケイジが主役でしたね。おそらくハリケーンの影響で社会秩序が不安定になっている現状が、映画の舞台として自由度が高いというのはあるんでしょうね。今回もケイジはそういう街で生き抜くタフガイなわけですが、警官だった「バッド・ルーテナント」とは違って今回はカタギの市民目線で、性犯罪者を勝手に裁いちゃうアングラ自警団を相手にするのは結構荷が重いわけです。
元々は義侠心からよかれと思って始めたことなんだけど、組織化して行くにつれて今度は組織の存続自体が目的化してしまうっていうのは、多くの組織・団体にも同じことが言えるんじゃないでしょうかね。特に企業とか。本来の活動意義を見失って生き延びることが最優先事項になってしまう。ケイジもそういう存続自体が目的化してしまった組織の軋轢に巻き込まれるというか利用されてしまうわけですね。まあでも今回の「組織」も人の怒りとか悲しみにつけ込んでくるっていうのは新興宗教と同じで、元々の動機がなんであれ力を借りちゃいけない毒饅頭だったってことなんでしょうね。
ラストの大立ち回りの舞台になる廃墟になったショッピングセンターを個人的に生々しく感じたのは、先日気仙沼や陸前高田の津波に遭った地域で、ガワはそのままだけど中身は廃墟になってる大型のホームセンターやスーパーマーケット、紳士服販売店を見てきたからなんですね。資本が動かないと片付けたり壊したりすることさえできないっていう現状を見るにつけ、アメリカではもっとシビアなんだろうと推測しました。それこそ死体のひとつやふたつ転がってても当分見つからないって感じで。
ニコラス・ケイジとキアーヌ・リーブスは上手いとか下手じゃなくて芝居そのものが見ていて面白い「芸能」の域に達していますね。ニコラスの方が作品にも恵まれてるのに対して、「マトリックス」以降キアーヌはいつも微妙な役と作品ばかりですね。すごい好きなんだけど。
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