2012年5月7日月曜日

オートポイエーシスとしての映画

「未知との遭遇」でリチャード・ドレイファス(以下RD)がバリー坊やのお母さんと出会って、デビルズタワーの頂上に向かうというシーンで、頂上への道が急斜面ばかりで行く手を阻まれたかに見えたところでRDが「私の作ったデビルズタワーの模型ではもうちょっと行くと頂上につながる緩やかな斜面がある」みたいなことを言って、実際に頂上に行けちゃうんですね。

これ、何? すごい面白いんだけど、これは何が起こったの?

こんなときにいつも助けてくれるのがO先生。早速この問題について電話で尋ねると「君、それはミメーシスとポイエーシスだよ。アリストテレスを読みたまえ」と素っ気なく答えられたので、「もう少しヒントを」と食い下がると「創作(RDの粘土細工)が模倣ではなく創造だったということだろう」と。そこで「ああ、なるほど」とひざを打ったわけです。

バリー坊やのお母さんもRDと同じようにデビルズタワーのイメージに取り憑かれてたんだけど、彼女はそのイメージをずっと同じアングルからスケッチしてたんですね。かたやRDは立体で創作してたわけです。しかもかなり大きな縮尺で、リビングを埋め尽くすくらいの大きさの模型を作っていたわけで再現性が高かったと。ただ、ぼくが感じたのはそれはどちらも現実の模倣であったと同時に、RDがデビルズタワーを創造したとも言えるんじゃないかということです。

もうちょい頑張ると、五感でもそれ以上の感覚でも、そう見えた、そう感じたということ=世界をそのように認識したということは、そのような世界を創造したということと同義なのではないかと思ったのです。つまり、世界を創造しているのは思考の前に認識であると。ゴダール風に言えば「映画とは現実の反映ではなく反映の現実だ」と。とっちらかってますけど、アイデアの片鱗だけでも残しておきます。

0 件のコメント:

コメントを投稿