2012年5月1日火曜日

エッセンシャル・リビング

「別離」アスガー・ファハルディ
キアロスタミ、マフマルバフ、マジディ、ジャリリらの出現で、イランは映画の辺境じゃないってことがばれちゃったわけだから、今更あわてて驚くような映画じゃないと思うけどね(アカデミー外国語作品賞受賞)。役者は子どもも含めてうまいし、撮影も編集も見たまんま辺境のそれではないんだけど、単にプロットがうまくないという点であまりノレなかった。観客が知りようのない事実が終盤で次々に明らかにされるっていうのはサスペンスとして成功してないし、ラストで「信仰心」を切り札にしたいならそのカードは中途半端に小出しにすべきじゃなかったと思う。


「哀しき獣」ナ・ホンジン
結構前に宇多丸師匠が絶賛してたシネマハスラーをポッドキャストで今更ながら聞いてあわてて見に行った次第。韓国ノワールとして最高の1本じゃないですか?

ディテールでつまずいてる人が多いみたいだけど、これはノリで一気に見ちゃうタイプの映画でしょ? 最初の殺人事件をきっかけに作動しちゃった「ノワールシステム」の暴走を誰も止められない様を眺めてればいいだけで、その中の因果関係とか追っかけててつまずいちゃったらもったいない。「何だかよくわからないけど面白い」と「何だかよくわからないから面白い」は紙一重だけど、どっちにしてもわからないことによって面白さは損なわれないという鑑賞態度があるってことは知っていて損はない。

僕が一番魅了されたのはミョン・ジョンハクという中国の朝鮮族暴力団の親玉で、こいつがすごいのは「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ」を地で行くような悪の山本五十六っぷりで、小悪党相手にも自ら手斧を持って戦うし、逃亡者が海に逃げれば真っ先に海に飛び込む。「バットマン」のジョーカーみたいに「悪の倫理」を振りかざさない徹底的な悪のプラグマティストにして、手近な武器は刺身包丁であれ牛骨であれ何でも手にして相手をぶちのめすが、自分に刺客を放った「教授」とは冷静に商談を交わすリアリスト。こいつがとにかく格好いい、そして怖い。

さまざまな思惑が飛び交う中で、徐々に各々の行動原理は己の利益を確保することから、単に生き延びること、つまり己の生命を確保することへと変化していく。主要な三人の登場人物がどんどん現世的な保身を諦め、生身の人間として生存をかけた戦いに身を投じていく中で、どんどんむき出しになっていく闘争本能には運命の悲哀よりも単にひとつの命として存在することの喜びがにじみ出ていると言っていいと思う。。

グラン・ギニョル的な(「冷たい熱帯魚」のような)露悪趣味ではなくて、この手の純粋な野蛮さに憧れちゃうっていうのはあるよね。あと、ミョン・ジョンハクのごとき無慈悲さの前で僕らはいかに無力かを想像することで、僕らがどんな慈悲によって生かされているのかを考えてみればいいよ。今日も生意気なこと言ってる僕を殺さないでいてくれてありがとう。替わりに、みんなのことも生かしておいてあげるよ。

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