「ヴァージニア」フランシス・フォード・コッポラ
ヴァル・キルマーが売れないホラー作家ってだけでもう見るしかないって感じなんだけど、仕事早退してまで行く価値はあったかと問われると、あったとしか言いようがないんだわなこれが。
悪魔が棲むという時計台のある片田舎の町に、自著を手売りして歩いているホラー作家ボルチモアが訪れる。留置所に安置されている杭が刺さったままの少女の遺体。さらに、この土地で過去に起きた忌まわしい事件とこの土地を訪れたことのあるエドガー・アラン・ポーが、ボルチモアの夢の中に現れ事件の真相に導きつつ、作家指南もしてくれる。ってもう面白くないわけがないんだけど、その「最近の事件」と「過去の事件」、さらに「ボルチモアの死んだ娘」とかの関連性がビックリするくらい全然わからないんだわw
酩酊状態で夢を見ている主人公の夢の中を生きているようでその空気感は素晴らしく心地よいんだが、見たばかりの夢が思い出せないみたいな感じで、自分が何を見てたのか思い出せない。幽霊少女のエル・ファニング、ポーがベン・チャップリン。ナレーションにトム・ウェイツ。完璧でしょ。必見です。
「桐島、部活やめるってよ」吉田大八
2回目見てきました。取り立てて大きな発見はなかったし、見え方が変わったというようなこともありませんでした。初見でも感じたこの映画の小品感、こじんまり感がより一層際立って見えたくらいで。
きょう日珍しい丁寧な仕事には敬意を払うし、その磨き込まれた表面はとてもキレイだと思うんだけど、吉田大八は「映画を信頼していない」っていう気がするのね。作家としての根本的なアティチュードの問題。
抽象的な喩えになるけど、「ヴァージニア」なんて映画っていう海の中で本当自由に泳ぎ回ってるのよ。海の果てまで泳いでみたけど、まだここも海(映画)じゃんっていう。次はもっと遠くまで行ってみようっていう野心というか何者にも縛られていない自由さを感じるのね。でも「桐島」は海の中のいけすで、ここからちょっとでもはみ出さないようにって用心してるようなせせこましさを感じるんです。まあだからそういう規定演技としてはすごいよくできてると思うけど、そんなルールで自分を縛る必要は端からないわけだからね。
僕はどこまでが映画なのか、映画はどこまで行けるのかっていう試みをしていないような映画にはあんまりワクワクしないです。もちろんそれだけが映画の面白さじゃないのはわかってるけど、フロンティア精神の欠けたクリエイターなんて何にも面白くないでしょ。
「桐島」は面白かったし、多くの人の心の琴線に触れるような作品だってことは確かだけど、映画の地平を切り開くような類の作品ではありませんでした。以上。
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