2012年6月13日水曜日

涙について私が知っているいくつかの事柄

「サニー 永遠の仲間たち」カン・ヒョンチョル
2回目なので、ディテールを十分に味わうことができました。思いっきりネタバレするので、これから見るつもりの人は見ない方がいいかも。まあ何いってんのかわかんないと思うけどw

■2カ月問題(1)
ナミがチュナの病室で夫からの電話を受けて突然の出張を知らされるシーン。そこでナミは「え、2カ月も(出張するの)?」って夫に聞き返すんだけど、その直前にチュナは余命2カ月を宣告されたってことをナミに話してるのね。そこで交わされる気まずい視線。「2カ月も会えない」と「2カ月しか生きられない」のギャップにウル。


■2カ月問題(2)
2カ月の夫の不在が主人公ナミの行動の制約をなくすためのご都合主義だっていう指摘はまあその通りだとしても、その料理の仕方がすごいうまい。出張帰りの夫を空港に迎えに行った帰りのタクシーでチュナの訃報を聞くっていうタイミングの絶妙さ。かつての通学路を横目に、サニーのメンバーとじゃれ合うチュナとタクシーの後部座席に座る現在のナミが切り返されるとき、つまりその視線の交差が描かれたとき、たまらずウル。


■タイムスリップ問題
この映画では何度かシームレスに過去と現在を行き来するような描写があるんだけど、これがいちいちうまい。まず母校を久しぶりに訪れたナミ。制服の少女たちがナミを追い抜いていく中で、突如、黄色いトレーナーの女の子が乱暴にぶつかっていく。そこでカメラがパンして80年代の私服の少女たちと田舎から転校してきた少女ナミ。現代の高校生のお行儀のよさ、80年代の少女たちの猥雑さ、期待と不安を抱えたナミの表情、これがワンカットってすごいでしょ。ウル。ちなみに職員室に入っていくところで現代に戻る。
朝寝坊して学校に間に合わないってわめく娘つながりで過去に戻るのもよかった。


■クムオクの姑問題
声だけの出演であれだけざわざわさせるのも大したもんだと思う。調度や美術、衣装もこの映画に魂を吹き込んでいた。


■パーマの子問題
個人的に、なのかどうかはわからないけど、あのライバルグループの小さい天然パーマの子はちょっとざわざわした。なんかスレスレだよなぁと。


■ちくわ問題
ダンス問題の後、スジの家を訪ねたナミ。スジの継母が筏橋出身の田舎者。2人で屋台のおでん屋に飲みに行くんだけど、なぜか2人とも赤い口紅を塗ってて、焼酎を飲みながら打ち解けて抱き合うナミの手に握られた串のちくわから湯気が立っててウル。この2人の関係はナミにとって「成長」を導く大きな礎となっている。この関係がエンドクレジット(以下「エンドクレジット問題」参照)のラストで最大級のウルを招く呼び水となっている。

■ベンチ問題(ジュノ問題)
夏のキャンプ、夜の湖畔でタバコを吸うジュノにナミが絵を渡そうと近づいていくと、スジが現れる。2人のキスシーンを目撃してしまったナミは泣きながらソウルに帰る。25年後にようやくジュノに絵を渡すことができたナミは、恋敗れてベンチでたたずむ少女ナミの隣に座りそっと抱き寄せる。ウル。ゲーテのドッペルゲンガーを思い出したがここでは関係ない。


■シンナー少女問題
場末の飲み屋でやさぐれてたポッキにもざわざわしたけど、やっぱり一番危なっかしかったのがシンナー少女サンミだった。スジとの対決に惨敗し、教師に楯突き、なおサニー参入を願う彼女の迫真の寄り目キメキメ芝居にはどこか「金八先生」というよりは「スクールウォーズ」的な退廃のにおいを感じた。彼女に関する問題だけはざわざわを残したまま終わってしまったので、彼女の安否を気遣う声は少なくない。


■ビデオ問題
少女たちが将来の自分に語りかける粗い画像にウル。もうみんな答え合わせができるから余計に悲しい。ポッキ、クムオクは特に。皆に催促されてポーズを取るスジ。大人になったナミに語りかける少女ナミ。決して不幸とは言えない現在が抱えてしまった虚無を少女ナミは浮き彫りにしてしまう。夫からの呼びかけ(テーブルの上で震えるiPhone)よりも少女時代の自分からの呼びかけに耳を傾けることで、彼女は自分の人生の「主役」の座を取り戻したのだ。このビデオをチュナに渡される前に、病室のベッドで向かい合って寝たナミとチュナの会話もウル。


■葬儀問題
安易なハッピーエンドを印象づける遺産相続だけど、ウル的に一番来たのは、ラストのショット。ナミが病院で描いていたチュナの遺影が、文化祭の時の青いスカーフのチュナの絵に替わってるっていう。あれはずるいわ。トドメの一撃だったね。


■エンドクレジット問題
トドメの一撃を食らった後だが、これほどエンドクレジットで席を立てない映画はなかったと断言しよう。サニーメンバーの各々の幸福といっていい顛末が、ナミのデッサンと思しき映像で示され、ラスト、チュナの墓標をセンターに並ぶメンバーたちが、年老いて1人ひとりその数を減らしていく。最後に残るのがナミとスジ。この年老いた最後のサニー2人の友情とそこに流れた年月を考えてウル。


■まとめ
これは「ものすごくうるさくて」のときにも似たようなことを書いたと思うけど、17歳の少女たちと42歳のナミが視線を交わすとき、そこには時間の現前とでも言うべきものが描かれてしまっているのだと思う(蓮實先生には怒られそうだけどねw)。観客はナミという女性の25年の生きられた時間を、一瞬のうちに「補填」するように要求されるわけだ。無論そんなことはできっこない。できないから仕方なく泣くのだ。だから、ここで流された涙は、人は他人の人生を生き得ないという当たり前の不可能な事柄にこそ捧げられているのだと思う。

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