2012年4月16日月曜日

既に黎明期に失われていた大事な何か


「アーティスト」 ミシェル・アザナヴィシウス
しばしば演劇的とも評されるサイレントの誇張された演技について考えてみた。

この映画で一番違和感があったのは、後半、火事に駆けつける警官の走り方だ。大きなストライドで走る警官の身体運用があまりに「サイレント的」ではなかったのだ。主役の2人がそれなりにサイレントっぽい演技をしていただけにこの警官の動きは突出して異彩を放っていた。別に動きとして不自然とか、おかしいということではない。こんな風に走る人はいくらでもいるだろう。ただサイレント的ではないのだ。極言すれば「リアリティー」がない。私の知っている1920年代のアメリカの警官はそんな風には走らない、のだ。

同じようなことを「エッセンシャル・キリング」のときにも書いた。あのときはヴィンセント・ギャロの身体運用があまりにアラブ的でなかったのだ。例えば、フランス人やドイツ人(という設定の人たち)が自国で英語でしゃべっていることよりも、この視覚情報の違和は圧倒的に大きい。「設定」としては飲み込めないのだ。

「なんで戦時中のドイツ人同士が英語しゃべってるの?」というツッコミはもちろん可能なのだが、それは虚構として飲み込める。一方、この身体運用に関する違和感「1920年代のアメリカ人はそんな風には動いていなかったはずだ」(というある種の信念)は咀嚼しきれずに口の中に残ってしまう。

手を開いた口に当てて後退りするという「サイレント的」な演技をするリリアン・ギッシュ、あるいは「帽子箱を持った少女」の冒頭で丘を駆け下りてくる鉄道員。彼らの動きのサイレント的な「自然さ」。その身体所作が音声の欠如を補うために誇張されているのだとしたら、それを演劇的と呼ぶことは果たして正しいのかという疑問が生じる。なぜなら演劇は音声を失ってはいないからだ。それでは真にサイレント的な身体運用とは何なのか。

無根拠に断定すればそれは「サイレント映画に固有の型」としか言い様のないものなのではないだろうか。役者の表情や身振り手振りは大仰であってもその演技は過不足ない唯一の表現としてある種のフレームに収まっていたのではないか。トーキーの出現でそうした「型」は不要になったのかもしれない。でも、この「型」を知っていた映画作家とそれ以降の映画作家の表現力の致命的な差(例えば小津や溝口と黒澤)を考えたときに、私たちが失ったものは単に不要になったものだったとは速断できない。

あ、この映画の話全然しなかったな。また今度。


「ヒューゴの不思議な発明」マーチン・スコセッシ
父親の不在や鍵と鍵穴をめぐるエピソードなど「ものすごくうるさくて」とかぶる部分が非常に大きい。しかし、この映画に作品賞と監督賞あげられなかったアカデミー=アメリカってなんなんだろう。

懐古主義者がしばしば見失う点だけど、リュミエールもエジソンもメチャクチャ新しいもの好きのエンジニアだったってことは忘れちゃいけない。グリフィスだってそうだ。黎明期の20年くらいの映画人は間違いなく機材においても撮影手法においても「ギミック命」だったと思う。リュミエールもエジソンも「映画作家」という自覚はなかっただろう。

マジシャン出身のメリエスにも同様のことが言える。彼にとっての映画は「芸術」よりも「奇術」に近かった。リュミエールに譲ってもらえなかったカメラを自作し、撮影技法や演出技法をゼロから開拓した。黎明期の映画作家は皆発明家たらざるを得なかったのだ。

見るまでは「なぜスコセッシがメリエスを?」という疑問がないではなかった。しかし、「タクシー・ドライバー」の誰もが忘れることのできないシーンに、すでに「ギミックの人スコセッシ」が表れていたことを思い出して得心した。

だが、事態はそう単純ではないのだろう。作り手に求められる技術は「人々の関心を集めること」から「観客を集めること」へ、さらに「出資者を集めること」に替わり、撮った作品の面白さよりも、これから撮る作品の面白さをいかに吹聴できるかへと移り変わってきた。私たちには見えないところでプロデューサーを口説くための新しいギミック(目くらまし)が開発され試用され、採用され、捨てられているのだろう。もちろんプロデューサーとしてクレジットされていたジョニー・デップは映画の人としてそうした動きに抗う1人だとは思うけど。

また映画の中身に全然触れなかったね。また今度。

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