2012年4月9日月曜日

ひと夏の経験

うろ覚えで申し訳ないけど、かつて愛読していた「シャーロック・ホームズ」の中にとても印象深く、その思想に深く影響を受けた言葉があった。何のエピソードかも忘れてしまったが、ホームズが解決を依頼された事件が二転三転して結局何が起きたのかわからなかったという終幕をむかえ、依頼者の婦人が探偵に問うのだ。
「結局この事件はなんだったんでしょう?」
そこでホームズはこう答える。
「ミセス、あなたは何よりも得難いものをこの事件から得ました。それは経験です」

中二の夏休み当時、この台詞の荒唐無稽な格好良さとともに、実にプラグマティックな側面にやられたのを覚えている。この考え方ならあらゆる艱難辛苦を乗り越えることができる、と。失恋も経験、落第も経験、エロ本見つかるのも経験……。実際、今でもそんな考え方が僕の底流にもある。

しかし、知的刺激が枯渇するとアヘン崫に足を運んでしまうようなニヒルな探偵にしてはえらくロマン主義的な言葉だ。婦人への優しさもあったのか? 今思えば、その言葉がロマン主義的に聞こえたというのはこちらの勝手な解釈だったようにも思う。一般的な解釈ではこの「経験」のくだりが意味するところは、「この経験を通してあなたは成長した」あるいは「あなたはこの経験をこれからの人生の糧にできる」だろう。

しかし、ある経験が真に尊いのは、この物語の中の依頼者の女性にとっての「事件」のように、それが他の経験とは代替不能のものであり、他のどんな経験にも似ない固有性を持つときだと思う。つまり、簡単に「次に生かせ」たり、「血となり肉となっ」たりしないような、(少なくとも即座には)役に立たない経験。孤島のように記憶や情報と断絶された経験。そんな経験が「私」の中に居場所を見つけ、沈潜していくとき、「私」は少しずつ世界に向けて広がっていくのだと思う。

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