◼︎「アクト・オブ・キリング」 ジョシュア・オッペンハイマー(ネタバレあり)
1960年代のインドネシアで共産主義勢力が当時人気のあったハリウッド映画の上映を禁止したことで、観客に割高のチケットを売りつけることを生業としていたアンワルは収入源を奪われることになる。ただのダフ屋が殺人鬼になったきっかけが映画だったというのはただの偶然だろうか?
そうではないというのがこの映画の謂だという気がする。彼の中に眠っていたマグマのような罪悪感を露わにするのは、おそらく多くの観客が半笑いで眺めていたであろうアンワル自身の手になる自主制作映画なのだ。彼自身が脚本を手がけ、演出し、尋問し拷問し処刑した共産主義者を演じ、さらにそれを観客として見ることで彼は自ら地獄の釜のふたを開けてしまう。
彼はなぜかくも「余計なこと」をしてしまったのだろうか?彼が撮影のために呼び寄せたかつての同志は、有名になれるならハーグの国際司法裁判所にも出向いてやるよとうそぶくが、そんな同志に比べてアンワルはあまりにナイーブに映る。
針金による処刑を再現するシーンを確認して、白いパンツを履いていたことを後悔するという倒錯的な洒脱さ、悪夢を振り払うために踊っていたというチャチャチャの瀟洒なステップ、孫に対するあられもない慈しみ。彼が大量殺人を犯したからこそ、その異様さは際立つのだが、それらは単に異様さを際立たせるためのギミックだったわけではない。
彼は洒落者で、繊細で、優しさに満ちた映画好きの殺人者だったのだ。彼に異常殺人者のレッテルを貼ることも、時の為政の犠牲者であったとヒューマニスティックに解釈することもこの映画は拒んでいる。
50年の時を経て、英雄として人生の幕を引くことを良しとしなかったのは、彼自身の選択というよりも、彼を殺人鬼にしてしまった「映画」の恩返しだったんじゃないだろうか。
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