2014年6月24日火曜日

生きてるだけで恥さらし

例外なく誰もが己の頭の悪さ、育ちの悪さ、教養のなさ、品のなさ、センスのなさを、歩いたり、食べたり、話したり、書いたりすることで否応なく露呈してしまっているのだから、それ以上の罰はないと思うんだが。

ただ、そういう自覚なしに生きてる人はやっぱり罰に当たってもいいかな(笑)
せっかくだから、こうも言い換えておこうか。

例外なく誰もが己の頭の良さ、育ちの良さ、教養の深さ、品の良さ、センスの良さを、歩いたり、食べたり、話したり、書いたりすることで否応なく露呈してしまっているのだから、それ以上の誉れはないと思うんだが。

つまり、生きているだけで諸々を露呈してしまっているということを自覚するのは当然のこととして、大事なのは代入可能な値にジャッジを左右されないこと。そこに入る値がー100でも100でも、それに対して意味づけも解釈も必要ない。意味づけも解釈もしてもいいけど、目盛りがある数値を指しているっていう事実に恣意的に意味を見出しているのは自分だっていうことは忘れちゃダメだ。つまり、わりとどうでもいいってこと。

0 件のコメント:

コメントを投稿