2013年4月3日水曜日

あんたがたホフマン


「ザ・マスター」ポール・トーマス・アンダーソン
俳優ホアキン・フェニックス感を味わう2時間。猫背とかはもちろん芝居だろうけどさ、手の爪がほとんどないとかああいうのは芝居ではないじゃない? ホアキンが逸脱しちゃってるのも戦争のせいっていう入りではあるけど、実際はどこまで本当なんだか分からない。そういうメタを含めて、むしろ、ナチュラル・ボーン・ストレンジャー感の方が強く漂ってる。

その分、フィリップ・シーモア・ホフマン感はかなり希薄だ。希薄というか普通だ。カルトの教祖が社会に受け入れられるためには世間的な真人間たり得ないといけないというジレンマを生きている息苦しさ。怪優の競演みたいのを期待してた部分があったんだけど、カルトの教祖であるホフマンが普通の人サイドにいるわけで、全然変な人じゃない(変ならいいってわけじゃないけど)。周辺を身内で固めて、理論武装して、批判には過剰反応してってメチャクチャ小物なわけですよ。俺みたいにニート気質がサラリーマンやってるとそういうのはすごく共感できる。世間の「こうあるべき」という規範に必要以上に従順になってしまうんですね。カルトの教祖なのにw

そんな小物だからこそ、逸脱しっぱなしホアキンに惹かれるっていうのはすごいよく分かる。ホアキンを飼い慣らしたいという支配欲と自分も規範から自由になりたいっていう解放への欲求。そのアンビバレンツに引き裂かれるホフマンに振り回されるホアキンという構図。それは反対側から見れば、ホアキンが持つ支配されることへの欲求と自由を与えることへの欲求への答えでもあるわけだ。だから噛み合ってしまう。「人は愛のみによって結びつくのではない」っていうのはこういうことなんだな。

まあそういったわけで、我々は陰鬱な煮え切らない男たちの葛藤に2時間付き合わされるわけですが、当然楽しい結末っていうのが想像できない。文字通り息が詰まりそうになりながら見てました。ホアキンもすごいよ。ホフマンも、監督もすごい。でもそれが何なんだよ。こんなもん作ってどうしたいんだよって思ってしまうのよね。でももう一回くらい見てみたい見たいなっていうw

船から降りてすぐのセッションのときにお客さんがしつこく「Excuse me!」って言ってくるところとかすごいイライラするんだけど、あの男の顔がまた映画的に適切でねw 2度と忘れられないようなツラしてましたね。唐突に砂漠に2人で行くところとか、バイクのシーンとか結構好きです。あと全然気持ちよくなさそうな手コキもね。



「フライト」ロバート・ゼメキス
ゼメキスって作家像が自分の中で結べてないんだけど、iPhoneの着信のときの軽いミスタッチとか、タラップで躓くとか、第一声で声がちゃんとでないとか、そういうの要る? 最初はワシントンが勝手にアドリブでやってるのかと思ったんだけど、どうやら演出なんだよね。そういうのって映画においてはまったくリアリティーに結びつかないんだよね。少なくとも今回はそうでした。

最初から最後まで飲みまくってるデンゼル・ワシントンに法の裁きが下るのは当たり前なんだけど、罰って意味ではもうとっくに食らってるんだよね。本当は。「酩酊の演技」に透けるデンゼル・ワシントン感が僕は苦手です。この映画を飛行機の中で上映したら面白いだろうね。


「キャビン」ドリュー・ゴダード
愛のない映画でしたね。愛していない対象のパロディってこんな感じですよね。愛もないし腕もない。大仕掛けなわりにはやってることはせせこましくて退屈でしたね。神木君じゃないけど「ロメロぐらい見とけよ」って本気で言ってやりたい。

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