サロゲートではいわゆる「中の人」がリアルな人間型ロボットを操作して社会活動を代行させるという社会が前提になっている。全人類が長いすに寝そべって、代理人=サロゲートと五感を共有してるだけの引きこもり社会。機械化が部分的には高度に進んだ社会だが主人公は刑事、妻はエステティシャンとロボットは飽くまで人間の代行。人間関係の構築に関しても同じ。ロボットが代行。しかし、ほとんど一日中「中の人」は自室で端末につながって寝そべってるだけ。
職場の同僚やアパートの隣人であっても、中の人同士の生身の交流は皆無。結局問題はそこで、主人公の刑事(ブルース・ウィリス)も奥さんとは代理人同士、もしくはブルース本体と奥さんの代理人との交流しかない。ブルースはそれをとても気に病んでいる。というか、人肌が恋しいわけだ。
多くのユーザーは理想的な容姿を代理人に持たせているわけだから、中の人が代理人よりも美しくないであろうことは容易に想像がつく。こうありたい自分→こうであるべき自分が可視化されることによって、「美しさ」や「若さ」の強迫観念はより強固なものになる。犠牲者の多くは女性になるわけだ。理想的な美しさを維持する代理人の存在が本人を抑圧する。これは面白い構図よね。セルフイメージとセルフの乖離がより明確になるんだから、歪みもそれにつれて必然的に大きくなる。
結果、精神安定剤や睡眠薬のお世話になることに。って全然意味ないじゃんw
つまるところ世界なんて脳が受けてる刺激でしかないんだから、だったらさっさとリアルなんかロボットに任せて電脳世界に生きてしまえよ。って思う人多数。だと思う。しかし、この映画の面白いところは基本的な社会生活を代理人をコントロールすることによって行うというややこしさ。つまり肉体的負担以外は軽減されていないわけ。まったくトンチキな世界だ。
しかし、これって現代に非常によく似てない。科学技術はめまぐるしく発達してるのに、生きることはちっとも楽になってない。むしろ、難しくなってる。だから、このSFを見て、中途半端な設定の近未来SFだって思う人は考えてみてほしい。30年前の僕たちが今の世界を見たら、「お前ら、何やってんの?」っていう話になると思うんですよ。人間って案外そんな中途半端な進化(?)しか遂げてきていないんじゃないの? だとすればこの中途半端な近未来SFにもリアリティーを感じようというものです。
この映画が描き損ねていたものがあるとすれば、それは快楽ですね。なんか電子マリファナ的なものは出てきましたが、脳直なんだから、もっとすごい刺激があるでしょ? 射精の10倍の快感が2時間続くとかそんなんw しかも適度に制御されていい感じのやつが。
俺はそれでも中の人になったらオナニーしてる自信あるな。って何の話だか……。
0 件のコメント:
コメントを投稿