○まだ感想を書いていない映画が1本あって「アイアン・スカイ」というタイトルなんだけど、タイトル以外もうよく覚えていない。あのメガネの女大統領の広報戦略が奇しくもゲッペルス路線とマッチしちゃうっていうところが一番面白かったかな。ナショナリズムの高揚は外からじゃなくて内側から眺めてみたいね。
○クローネンバーグの新作の「危険なメソッド」という邦題が気にくわない人がいて、ツイッターで映画の公式アカウントに「この邦題はどういう経緯で決まったのか? 本当にこの邦題で売れると思ってるのか?」とか噛みついてたんだけど、その動機ってなんだろうね。
「邦題が良ければ、もっとたくさんの人に見てもらえるのに」っていう作り手・売り手目線なんだろうか? だとしたら、もう一方にタイトルが魅力的じゃないから見に行かないっていう観客がいるわけだ。その人たちはどうなの? どうなの?というのはその人たちの感度の悪さは批判の対象たり得ないのか、ということ。 「タイトルがいまいちだから、面白い映画でも見逃す」ということを是としている人たちを映画館に呼び入れることで新しい何かが生まれるという気はしないんだけどね。やはり、僕は常に消費者の未熟を問題にしたい。そこにつけいってどうこうしようっていう輩の品のなさよりもね。そこには与しなければいいだけ。でも消費者であることからは逃れられないから。根っからのヒダリなんですよ僕はw
○「面白かったから見てみて、聴いてみて」という今まで数え切れないほど無視し、されてきたレコメンなんて何の意味もなかったんじゃないかと思う。そもそもリーチしてない人に対してのレコメンなわけで、それって「邦題を改善する」行為と同列だと思うんだよね。「リーチしていない=欲していない」なわけだから。長すぎる孫の手があったら使いにくいでしょ? 違うかw
○教育となると話は別だよ。潜在的に欲している者に(学びを)与えるっていうのは教育って言っていいと思うんだよね。お互いの立場は関係なく。子どもだけじゃなくて大人にも教育が必要なんじゃないかって? そうかもしれんね。そうなんだろうね。
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