2009年12月7日月曜日

イングロリアス・バスターズ

12月5日(土)、渋谷渋東シネタワーでクエンティン・タランティーノ監督の新作『イン
グロリアス・バスターズ』を鑑賞してきました。
 ジャンル的には第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの支配下に落ちたフランス・パ
リを舞台にした「戦争映画」といえるでしょう。ブラッド・ピット主演ということに
なっていますが、それは飽くまで商業的な要請で、実際に見れば分かると思いますが、
主演は間違いなくSS高官・通称"ユダヤ・ハンター"ハンス・ランダを演じたオースト
リアの俳優クリストフ・ウォルツだったように思います。彼の演技力、多言語を流暢
に操る語学力なくしては、この映画は傑作たり得なかったでしょう。ユダヤ人を匿う
フランスの酪農一家の主人を追い詰めるときの狡猾さ、冷徹さ、残忍さ、気味の悪さ
は、冒頭の10分間でこの映画の怖ろしさを印象づけるには十分なものでした。

 この映画には、戦争映画という側面と、もうひとつ、映画をテーマにした映画とい
う重要な側面があります。タランティーノが映画史に対する自分の立ち位置を再確認
することで、映画の都としてのハリウッドがナチスドイツ台頭の多大な影響下にあっ
たという事実を否応なく思い起こさせてくれるのです。直接は言及されていませんで
したが、F.W.ムルナウ、エルンスト・ルビッチ、フリッツ・ラングなど、ナチスの圧
政を逃れてアメリカに渡ったユダヤ系ドイツ人によって隆盛を極めた時代がハリウッ
ドには間違いなくありました。彼らはもちろん既にドイツでも名声を得た映画監督で
したが、皮肉にも祖国を追われアメリカに渡ることによって、その名を世界に知らし
めた「ハリウッドの作家」なのです。タランティーノは民族的にも文化的にもユダヤ
的なものの影響下にはありませんが、少なくとも映画に関しては自分がその末裔に当
たることをこの映画で慎み深く宣言しているように思えました。

 冒頭で虐殺されたユダヤ人一家のただ1人の生き残りの女の子がパリで映画館を営む
ようになります。この映画館が終盤の主な舞台となるのですが、画面づくりにおける
ドイツ映画に対するリファーはとても興味深く思いました。美しい弧を描く階段のあ
る映画館のセットが、『カリガリ博士』や『タルチュフ』などを想起させるドイツ表
現主義的な美しさを湛えており、台詞だけでなく、画面の随所にも映画好きならニン
マリするようなガジェットがちりばめられていました。

 ハリウッドには言わずもがなのスピルバーグから、ウッディ・アレン、コーエン兄
弟など多数の才能あるユダヤ系の、またそれをアイデンティティとする映画監督がい
ます。戦争コメディとも言えるこのフィクションを、ユダヤ系である彼らが手がける
事はおそらくできなかったでしょう。この映画そのものが、シネフィルを自負するタ
ランティーノがハリウッド・アメリカを代表して、ユダヤ・ヨーロッパに捧げたオマー
ジュと言うことができるかもしれません。

残虐シーンが多くPG-15指定ですので、ご鑑賞の際はご注意ください。

 基本的にはフィクションなので、史実との違いを云々することに意味はないのです
が、一点だけ、現代人の感覚と当時の感覚で大きく異なっていた部分があります。そ
れはホロコーストに対する認識です。この映画では1941年の時点でナチス・ドイツの
ユダヤ人大量虐殺が前提になっているような描写がありますが、この行為が公になる
のは戦後、しばらく経ってからのことです。「アンネの日記」とプリーモ・レーヴィ
の「これが人間か」の出版が1947年、組織的な大量虐殺があったことが知れ渡るよう
になるまでには、少なくとも戦後数年はかかっているわけです。ホロコースト(最終計
画)は一般に考えられているようには、計画的で統合的な残虐行為ではなく、杜撰さの
行き着いた果てだったと個人的には考えています。

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