「ちょっとパリに出張してまして」って言うときに否応なく生じる「イキってる感」が嫌いじゃないです。「別にイキってませんけど感」を出せば出すほど泥沼的に醸し出されるお高い感じが「パリの魔法」として未だに機能しているのは、まだ幻想のパリが極東においてはその効力を失っていないということなんでしょうか?
結局街歩きもできなかったし、ファラフェルも食べられなかったし、ぼくのマリオン・コティヤールもレア・セドゥも見つけられなかったんだけど、かろうじてオランジュリーでモネの睡蓮を見ることができたのとクスクスとサンドイッチ・グレックを1回だけ食べることができたのは救いだった。アフリカ料理屋に連れて行かれた同僚の中国女たちはたいそう不満そうだったけど。
でも横目で眺めたパリはもう美しくなかった。5月なのに。パリは何十年にも渡って世界中の田舎者に蹂躙され続けてきた。そしてその痛みに鈍感になりすぎてしまった。メトロで日本語や中国語の交通案内を見、車内放送を聞くに至りその開き直りにも似たサービス精神に失望を禁じ得なかった。世界一の観光都市としてそうならざるを得なかったんだろう。失われたアウラが蘇ることはなさそうだ。もうパリは無気力なのだ。東京のお祭りに集団で現れる雇われの田舎ヤンキーよろしく、空元気のギャルソンがまずいコーヒーをサーブする。
「もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこですごそうとも、パリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ。」
今日のパリに世界中の若者のあとをついてまわる脚力はもはやない。ヘミングウェイのこの言葉に共感できる時代はもう終わったのかもしれない。
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