2011年7月4日月曜日

フランスはオワコン

「X-MEN First Generation」と「スーパー8」を見たが、その前にちょっとまとめておこう。

クロード・シャブロル特集
「悪の華」
オープニング、ダミアの「Un Souvenir」をBGMに手持ちカメラがゆっくりと館の中を徘徊していき「現場」にたどり着く。まず「事後」が描かれ、それが紐解かれていくという「雰囲気」が素晴らしい(その紐解き方の手法とかじゃなくてね)。

「最後の賭け」
今回見た3本の中ではいい意味で最もハリウッド的なサスペンスだった。フランス人てバカンスが身近すぎて、カリブ海とかに行っても何か非日常性が薄い。ハリウッドみたいな高揚感、「特別な休日」感がない。思い起こすと他の映画でもわりとそうだな。そこがふらんすっぽいのかもしれない。

「甘い罠(チョコレートをありがとう)」
アナ・ムグラリスが素晴らしかったのでそれしか覚えてないんだけど、シャブロルの中でも最高に面白い部類の映画だったと思います。イザベル・ユペールは本当にサイコパスが似合うなぁ。


「ゲンスブールと女たち」ジョアン・スファール
監督は漫画家(でいいのかな)らしいが、オープニング以外でそれがうまく機能した形跡を見ることができなかった。原題は「フランスとユダヤ人」。第2次世界大戦中、政府にダビデの星をつけることを強制されたユダヤ人。それを一番乗りで意気揚々と役所に取りに行くセルジュ少年。ユダヤ人というアイデンティティーが生きる上で大きなウェイトを占めているのは、ゲンズブールじゃなくてこのアニメの監督だったということがWikipediaを見て分かった。むしろ、ミュージシャンとして女たらしとして(それが同義語であるような境地で)ゲンズブールのパフォーマンスがうまく機能してきたのは、父親がピアノ弾きであったことよりも、姉妹の表情を読み取り彼女らを喜ばせる術を身につけていたからに他ならない。だからこそこの映画は中途半端に「ユダヤ人の芸術家」の人生というところにフォーカスするのをやめて、邦題通り「ゲンズブールと女たち」の映画にすればよかったんだと思う。

ここでもジュリエット・グレコを演じたアナ・ムグラリスは素晴らしかった。雨の窓越しに妻に連れ戻されるセルジュを眺めながら歌う「La Javanaise」は様になってた。レティシア・カスタのBBも素晴らしくエロかった。「Je t'aime...moi non plus」がベベに捧げられた曲だっていうエピソードは初めて知った。(ジャンゴが右手二本指でギター弾いてたとか。本当か嘘か分からないけど)

対して、我がフランス・ギャルはバカにされすぎ。ゲンズブールプロデュースの曲をこんなに売った子はいなかったんじゃないか?「夢見るシャンソン人形(Poupee de cire, Poupee de son)」は言わずもがな、「アイドルばかり聞かないで(N'ecoute pas les idoles)」、「娘たちにかまわないで(Laisse tomber les fiiles)」「涙のシャンソン日記(Attends ou va-t'en)」等。これらの曲を聴いたら「アニーとボンボン(Les Sucettes)」がいかに「ネタ」に過ぎなかったかということはよく分かるだろう。この71年生まれの監督は間違いなく60年代のフランス・ギャルを聴いていないし、プロデューサーとしてのゲンズブールをも評価できていない。

ぼくはプロデューサーとしてもシンガーとしてもゲンズブールが結構好きなので、好きじゃない人が無理矢理撮ることないのになぁ、というのが率直な感想です。「さよならを教えて」のフランソワーズ・アルディが出てないとかあり得ないし。一方でジェーン・バーキンってぼくの中ではわりとどうでもいい人なのよね。たぶん前歯がスキッ歯だからだと思うんだけどw。この映画にセザールやっちゃうようじゃ終わってるよな。

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