アハ!ピクチャーというある種の図像がある。一見意味を持たない、あるいは特定の意味をもった絵柄が、不意にまったく別の意味をもった人や物の輪郭を伴って浮かび上がってくるというものだ。
アハ!ピクチャーは、容易に体験できることだが、一度「見え」てしまうと、もう後戻りができない。つまり、そこになにが見えてたのか分からない状態には戻ることができない。「ほら、ここが鼻で、ここが目で…」「アッ!」と脳天に電球が灯ったが最後、彼(彼女)は一瞬前のそこになにが描かれているのか分からない図像を二度と見ることができなくなってしまうのだ。
「隠されていた」と感じていたものが一度浮かび上がると、私たちは二度とそれを隠すことができない。物理レベルではなく認識レベルでの不可逆性がここまではっきりと共有できるってすごい!たとえば数学の問題など一度解き方を教わっても、ウソみたいに忘れてしまうのと比べても(なぜ知性はは解法を体験として刻み込むことができなかったのか)。つまり、知性の前段階で「知ってしまう」ということ。
映画「マトリックス」で新米のネオに空手の稽古をつけるモーフィアスが放った金言「速く動こうと考えるな、速いと知れ」。飲み込みがいい人は「だーかーらーどうやって速いと知ればいいんですか!?」なんて鈍い返しはしない。師は答えるだろう。「私はあなたの代わりに知ることはできない」
例外はあるのかもしれないが、「発見」はその図像を見ている(その真剣さはおそらく関係ない。ボーっと眺めていても、真剣に何かを見出そうとしていても)ときにしか起こらないんじゃないかってこと。つまり、気づくことの条件としてその絵と対峙しているっていうかなり限定的な条件が課せられる。
ラッキーなことにアハ!ピクチャーは現実という形で常に私たちの目の前にかけられているというのがマスターたちの言だ。故意に目をふさがない限り、常に発見に対してオープンであるはずなんだ。浮かび上がるのを待っている絵柄と私たちの視線とが交差するとき、後戻りのきかないリアル・ワールドがそこに展開する。こうご期待。
0 件のコメント:
コメントを投稿