2009年9月28日月曜日

新学期操行ゼロ

ブログタイトルはフランスの映画監督ジャン・ヴィゴの劇場初公開作品へのオマージュ、といえば失礼に当たるか。僕が初めて「操行ゼロ」や「アタラント号」を見たとき、日本では蓮實重彦を中心としたシネフィルの言説を背景に「みずみずしい傑作」というレッテルが既についてしまっていて、それはもちろん間違いないものだったんだけど、そういう先入観なしに見られたらどんなにか素晴らしかっただろうと自分のセンスに贔屓目に推測してみる。(ただそういう言説の存在が80年も前の外国のモノクロ映画をフィルムで見られる環境をつくることに貢献していたのも事実だがそれはまた別の話)

こと映画において「自由さ」は奔放さや無邪気さから生まれるものではない。透徹した眼差しと冷徹な知性によってのみ支えられている。平たく言うと「天然っぽい映画は天然の人にはつくれない」。ただ、ただこうした自由さの陰にある種の純真さやナイーブさが見え隠れするのも事実で、こうした「自由な」作風の監督が往々にして夭折と縁遠くないという悲しい事実もある。

ジャン・ヴィゴが3本の映画を撮って亡くなった歳に、ゴダールは絶望の中で処女作「勝手にしやがれ」を撮り、グールドはコンサートホールから姿を消した。自分を天才と比較するという身の程をわきまえないゲームに参加するなら、「内容相応に10年遅れ」と評されたことのあるツチノコにはまだ4年の猶予があるということになる。

映画をめっきり見なくなったが、それでも低いアンテナにビンビン来てる新作がある。それがジャームッシュの「リミッツ・オブ・コントロール」。東京ではもう先週から公開してるけど、ちょっと気軽に行けないくらいのオーラが出てる最近では珍しい映画。ジャームッシュが56歳。ヴェンダースが64歳。そりゃみんな年もとるわ。

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