先日の夜、初めて訪ねたインド料理屋さんで、お店が空いていたので厨房から出てきたインド人シェフと少し話した。ヒングやらタマリンドやらカロンジやらのマニアックなスパイスの話などをしているうちに「ブラックカルダモンはビーフによく合う」と言っていたので、すかさず「ビーフ?」と聞き返したら、ご主人はこちらの思惑を察してくれたようで「私はキリスト教だから、なんでも食べるよ。インドでもレストランではメニューに載ってないけど出してくれる。載せると怒る人がいるから載せてないだけ」とのこと。「インドのキリスト教徒はイスラム教徒と同じで豚肉は食べないけど私は食べるよ」と笑いながら話してくれた。調子が出てきたご主人は「ルールはルール。守るかどうかは自由。日本でもイスラム教の友だちいっぱいいるけどみんな自由にしてるよ。お肉もお酒も」ということでした。「食べたいけど食べられない」っていうのは切ないからね。
たぶん日本とか欧米のベジタリアンとかビーガンの方が真面目なんだろうな。真面目なのはいいけど、「なぜ食べないか」という本来の趣旨を離れてルールの遵守に躍起になってしまうっていうのは結構陥りがちな罠だよなと思う。僕は個人的には肉食を必要と感じられないようになればいいなとは思うけど、動物性蛋白を模したある種の豆料理やらグルテンミートやらを喜々として食べてるような観念的菜食主義者は頭がおかしいと思っています。
たぶん日本とか欧米のベジタリアンとかビーガンの方が真面目なんだろうな。真面目なのはいいけど、「なぜ食べないか」という本来の趣旨を離れてルールの遵守に躍起になってしまうっていうのは結構陥りがちな罠だよなと思う。僕は個人的には肉食を必要と感じられないようになればいいなとは思うけど、動物性蛋白を模したある種の豆料理やらグルテンミートやらを喜々として食べてるような観念的菜食主義者は頭がおかしいと思っています。
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