仕事柄、指導について考えさせられることが多いです。
●いろんな指導者に会って話を聞く機会がありますが、一番手っ取り早いのは本人を「その気」にさせることなんじゃないかと思います。やらされてるのと自主的にやるのでは学習効率が倍くらい違ってくると思います。ですから、指導者はまずはモチベートに注力すべきだと思います。そして、次にそれを維持させること。
●こんなこと当たり前かと思うかもしれませんが、スポーツでもここをクリアしないで技術だけを教えようとする指導者が多すぎますね。技術なんて、本気で強くなりたいと思ったら本人が自力でどうやってでも身につけられるんですよ。それこそ昔のチャンピオンなんてみんな独学みたいなもんですよ。だから、まず必要なのは本人のやる気。そのために必要なのは指導者のモチベーションですね。それは、教え子に本当に強くなってもらいたいと思うこと。ある程度長期的な師弟関係を結ぶんだったら、指導者はまず自分のモチベーションを見直すといいですね。
●新旧の「ベストキッド」を見ても、やはり師弟関係の基礎となるのは信頼関係じゃないですか。一見無意味なことを繰り返しやらせることができるのは、弟子の師に対する信頼があってこそだと思うんです。「師匠がやれって言ったからやる」これは一見自主性の放棄のようにも見えますけど、これをやっていれば強くなれるっていう思い込み。だって強くなれるっていう根拠は(その時点では)そこにしかないから。
●あとは「やらないとひどい目に遭う」(短期的罰則:先生や親に叱られる、とか長期的罰則:レギュラーをはずされる、進学先がなくなる)といった具合に恐怖や不安を煽るのは自主性を促すことにはつながらないと思います。悪癖や依存がそうであるように、その悪癖や依存によるデメリットを説得するっていうのも意味ないですね。だってそんなの理屈ではわからないわけないんだから。それがどれだけ、またどのような仕組みで成長を妨げているかということをわからせてやることがまず必要なんだと思います。
●教え子をAという状態に導くのに「Aという状態になれ」っていうのは指導放棄も同然ですよね。なんでその人はAという状態にないのか。その阻害要因を見抜くこと、また、理解させてやることが必要なんだと思います。問題が生じている部分にしか注目していないと、結局問題の原因がその部分にないときには解決の手立てがなくなりますね。(歯痛の原因が背骨の歪みとかね)
●「生徒の準備ができたときに教師が現れる」という箴言がありますが、「教師の準備ができたときに生徒が現れる」とも言えるんじゃないでしょうかね。何、マスター願望を捨てろ? いや、自分には全国の卓球ファンに強くなってもらいたいし、全国のスピファンに目覚めてもらいたいんです。
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